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2008年02月29日

物忘れ

今日は、ジムで仲良しのおじいちゃん75歳に久しく出会った。
以前、興味本位で受けていた「転倒防止教室」で知り合った。

こんにちわ、久しぶりです。教室がんばってますか?
ぼちぼちやってるよ。今度は、ボケ防止教室を作ってほしいくらいや、
最近、物忘れがひどくてねと言う。

今日は、「物忘れ」について考えてみる。

年齢とともに記憶能力は、確かに低下するかもしれないが、
日常的に物忘れがひどくなるのは、覚えようとする執着心がなくなるからである。
年を重ね人生経験が豊富になると覚えなければ、とか、
間違えないようにしようとか言う気持ちが薄くなり、
覚えなくてもまた聞けばいいや、とか、
忘れてしまっても何とかなると言うことを
経験から知っているので覚えようとしない。
間違えてもなんとかするさと肝もすわっているのである。

執着心がなくなるのは、心の老化である。

人は、いつから心の老化が始まるのだろう?
良く、定年退職後に一気に老け込んだとか、ボケてきた、と言う話を聞く。
社会参加しなくなったら心が老化すると言うことはあるだろう。

また、体力の低下と心の老化は相関関係にある。

実際、私自身も40歳になったとき、体力の低下から、
やる気や気力、夢すらも失いかけていた事を経験した。
今は、日常的なトレーニングのおかげで、気力、体力は、鬼のように充実している。

昔、指導を受けていた極真空手の松井館長が稽古の途中でこんな話をしてくれました。

体力が落ち込んだら気力で持ち上げる。
気力がなえたら、体力で持ち上げる。
だから、常に体鍛えておかないといけないよ。と。

75歳でジムに毎日通うボケ予防教室を求める執着心のあるこのおじいちゃん。

たぶん死ぬまでボケないだろうな。  

Posted by ゼモグループ at 01:15Comments(0)体験

2008年02月28日

高齢者と継続力

今日は、いつになくジムが混んでいる。
昨日がジムの休館日であったせいと、昼から少し陽気がいいせいであろう。

フィットネスクラブといえば、若者がさわやかに汗を流し、体を鍛える場所。

ポスターもレオタードのモデル張りの美女が起用されているのが、大体のパターン。

というイメージが、今まで強かったが、昼下がりの今日のフロント前の長椅子には、
65歳以上、いやいや70歳前後の高齢者がぽかんと口を開けてびっしり埋まっている。
一瞬、老人ホームに来たのかと勘違いした。

レオタードの美女なんてどこにも見当たらない。

たまに、エアロのスタジオからレオタード族を見かけたかと思うと、
ウエストの上のふくらみはなんや!

昔からのイメージは、どこにも見当たらない。

僕が通うクラブがローカルエリアにある天然温泉つきのジムであるせいかなのかは、
他のクラブに入ったことがない僕には、わからないが、
高齢者がこのジムの経営を支えている事は間違いない。
掲示板には、良く、ハイキングの会などの案内が張り出され、
談話室では、おば様たちが弁当を開いて、大きな声で話題にしている。

顔ぶれは、同じ時間帯であれば、ほぼ90%同じ人たちに会う。

若者が思いつきで始めたのと違い、人生の荒波を乗り越えた高齢者たちは、継続力はある。

たぶん、毎日来ている連は、入院するまで通うであろう。

彼らのクラブ日は、年金から?貯金?不老収入?
いずれにしろ、
就労人口が捻出したお金が回りにまわることに違いない。

これからの日本、本当にたいへんだなぁと今日も思う。  

Posted by ゼモグループ at 01:32Comments(0)体験

2008年02月27日

整理整頓

僕のプライベートオフィスは、自宅の2階に有る。
僕以外の人は、そこで仕事をしない。
だからというわけではないが、書類の山である。

毎日、束で郵便物が届く、ほとんどDMだが、
中には、必要なものもあるから、ノーチェックで捨てるわけにいかないので、たまる一方。

最近は、ジムに行く日課が増えてからは、事務処理の時間が少なくなり、
最小限しなければならないことをしたら後は、ほったらかし。

ブログを書くようになって、片付けしようと椅子に座っても、
PCを開くとネットの世界に引きづり込まれる。

来客があるときだけ、応接をパッパッと片付ける。

昨日と今日は、事務所でPCは、開くまいと決意し、
整理整頓に取り組むが、書類の山を一山くづすごとに関連業務が発掘され、
電話を掛けたりFAXを送ったりと、また手が止まる。

気になるDMや商品カタログが出てきたら、つい、
見たり、読んだりしてしまうので、また、手が止まる。

毎日、1時間格闘してもあと5日はかかりそう。

そこで今日は、整理整頓について考える。

「整理」とは、不要なものを捨てる事。
「整頓」とは、誰でも一目でわかる状態にする。
ことである。

最近の若者アルバイターは本当に整理整頓ができない。
(僕は、できるけど、しないだけよ)

目の前に邪魔なものが置いてあっても片付けようとせず、
邪魔なまま平気で仕事を続けている。
ほおっておくと考えられないような仕事の仕方になってしまう。
当然、効率は悪く、ミス、事故の原因になる。

なんでだろう?

親のしつけ? 環境? 学校教育? 現代っ子?

よくわからんけど、親のしつけが一番悪いと思う。

若いスタッフには、整理整頓の仕方から教えないといけない。

親に給料を請求したくなるときがたまにあるのだ。  

Posted by ゼモグループ at 00:17Comments(0)教育

2008年02月26日

辛抱

今日は、店の暇な時間に腕立て伏せをしてるときに、
ふと「辛抱」という言葉が頭に浮かんだ。
今日は、辛抱について考えてみる。

「辛抱」を辞書で調べてみると
つらいことや苦しいことをがまんすること。
こらえ忍ぶこと。とある。

後にも先にも僕が、「よく辛抱した」と記憶できているのは、過去に2回だけ。

学生のときに親父がやっていた店を手伝っていたときのことである。

あるスタッフの意識レベルの低さがどうしても我慢できず、
「自分が変わりに働くからあいつをやめさせてくれ」
と親父に直談判したときのことである。

親父は、「この仕事で働く人間は、あんなもんや、あんなに長い時間、働いてくれて、
仕事を覚えてる人をまた見つけ、一から教えるのは、大変やぞ!辛抱しろ!」と。

確かにそのときの僕は、学生だし、100%その人の変わりはできない。
僕は、納得できないまま、涙を呑んで、辛抱した。

大学のヨット部時代のことである。
無理難題をいつも言いつけるうるさい先輩がいた。

当時の大学の体育会のクラブでは、
4回生神様。3回生偉い人。2回生普通の人。1回生奴隷。
という構図であったから1回の僕は、言いなりに何でもしなければならなかった。

ある日、僕は、芦屋から大阪までヨットの部品を買いに行くように言われた。
もちろん交通費は、自腹である。
店は、始めて行くところで、探し当てて、やっとの思いで買って帰ると、

「あほ!。これ違うわ!すぐ変えてもらって来い!」
と一括であった。
間違ったにしても、また大阪まで!言い方もあるやろ!。

それまでの鬱憤もたまりにたまっていたこともあり、
僕は、クラブ生命をかけて神に拳を振り上げた。

タイマンなら、絶対負けない自信があった。

周りの部員に止められて、僕は、辛抱した。いやさせられた。

そのことを知って少し反省したのか?
神は、それからはあまりの無理難題は、言わなくなった。

以上、たわいのない2回が僕が辛抱したと記憶してることである。

僕は、しんどいことや辛いことをすることが基本的に好きでなので、
辛いことをしていても辛抱しているという自覚がない。

辛抱とは、辛いことを抱む。仏教では、「心棒」心の棒と書くので、
辛抱強いことと、心の強さは、深い関係があるように思う。

辛抱強さを身につけるには、体をいじめるのが一番である。
坊主の修行は、最たるものだが、
スポーツで限界まで自分を追い込むことは、辛抱を身につける。
辛抱が人間として大切な要素である事は、
最近の企業が体育会系の学生を取りたがる
ところを見ても明らかである。

山本五十六の語録にこんなものがある。

苦しいこともあるだろう。
   言いたいこともあるだろう。
不満なこともあるだろう。
   腹の立つこともあるだろう。
泣きたい事もあるだろう。

これらをじっとこらえて行くのが
   男の修行である。

時代は代わり、衣食住満たされた今の日本で、
辛抱なんて古臭い言葉のように聞こえるが、

自分で自分を追い込み、いじめて、いじめて
    いじめ抜いたものだけが、
          真の勝利を勝ち取れる。

辛抱を楽しみに変えるプラス発想が未来を創る。

僕は、そう信じている。

環境に甘んじることなく、男の修行を積むことが、男磨きというもんだ。

女磨きの定義がもしあれば、誰か教えて!  

Posted by ゼモグループ at 00:51Comments(0)体験

2008年02月24日

免疫力

今月は、我ながら体調が不安定である。
耳が不調になったり、一昨日は、恐ろしい下痢に見舞われた。
また、体重が1K減っていた。
悪いものを食べた記憶はない。
強いて言えば、レトルトのミートボールが疑わしい。

年末からのハードワークと無理のつけが回ってきたのかと反省してる。

もうひとつは、1ヶ月ほど前から筋肉をつけるためのプロテインを
常用するようになった事の影響もあるのかなと考えてもいる。

ついつい、食事の変わりに飲んでしまうので、
普通の食事を取る量がぐっと減っている。

専門家Mさんに尋ねるとダイエット目的でないなら、
普通の食事+プロテインにしないといけないといわれる。

自分なりの人体実験の結果は、プロテインは、タンパク質や栄養補給はできるけど、
免疫力をつける力はないということだ。
免疫力は、生きる力、つまり、生きたものからしか取れないのではないかと。

最近の生野菜は、促成栽培などの影響で栄養価が下がっているといわれているが、
生のものには、栄養価以外の目に見えないような力を与えれくれる部分があるような気がする。

漁師町や農家の高齢者が長生きで元気な点も生を食べる食生活にあるのではでは!?

沖縄人も長年、自給自足で自然のもを食べる習慣から長生きなのではでは!?

良く、飴玉ひとつで、レタス4個分のビタミンCなどと書かれているが、
4個分口に入っても吸収しない部分が多いから、
ビタミンCは少なくても、生のレタスを1/2個でも食べたほうがいいんじゃないだろうか?

でもプロテインのおかげで、筋肉は、だいぶついてきて、
余分な肉はカットされてきている。
使い方をもう少し、考える必要がありそうだ。

以上は、僕の体における本能的仮説に過ぎないので、悪しからず!  

Posted by ゼモグループ at 22:50Comments(0)体験

2008年02月23日

くじら料理

生の近海ものの生のくじらがたまに入ってくる。
捕鯨は、禁止されているので、誤って、漁師の網にかかってしまったものが、
当店が取引している魚屋に年に2〜3度1頭丸ごと届く、
2〜3トンあるもので、裁くのが大変だそうだ。

そのときだけ当店は、くじらを買う。

僕の買い方は、売れ残ったものを 現金で全部引き取るから、格安にしてくれ。
とうもの。

いろんな部位(頭とか、目玉、ひれなど)が、丸ごと店に届く。
僕は、それを丁寧に切り分けて、各料理用に処理して、冷凍しておき、小出しして売ってゆく。

油のある部分も、煮だししして、油を抽出し、冷凍しておく。

生のいい状態で凍結するので、とてもおいしい。
当店でくじらを食べた人は、もっとくじらはくさいものだと思っていたという。

くじらの流通は、冷凍ものが基本で、凍結をかけるときの鮮度、
冷凍期間などで、臭みが出てしまうものが多い。
いい状態で食べれば、くじらは、決してくさい魚!?動物ではない!。

ハリハリ鍋で食べるのが、一般的だが、
生姜焼き、串焼き、一口かつ、おばきの酢味噌、
サイコロステーキ、すじ土手、など色々出してる。
ハリハリ鍋をおいしく食べるこコツは、出汁にくじらの油を溶かすことと、
くじらに片栗を巻いて湯通ししてから鍋に入れること。
片栗を巻くことによって、くじらのうまみを閉じ込めてしまうのと、
赤身だから油がなく、そのまま鍋に入れるとカスカスになってしまうことを防ぐ。

ちなみにハリハリ鍋は、たっぷりの水菜を入れて食べるが、
水菜を噛むときにバリバリ=ハリハリと音が鳴ることからハリハリ鍋となったらしい。

くじらといえば、年配の方は、口をそろえて、
昔は、給食で出てきて、いやというほど食べたから今みたいに高くては、
食べるのあほらしい!という。

当店では、こういう仕入れの事情もあってかなり安くくじらを提供できている。

なんと!一人前1980円。ボリュームも有る。

ハリハリで有名な徳家へ行くと一人前4000円で5切れほどしか入っていない。

当店のくじらは、ひそかなねらい目である。   

Posted by ゼモグループ at 22:51Comments(0)料理

2008年02月23日

徳を積む

儒教で徳と申しますと、まず頭に浮かぶのは
「仁・義・礼・知・信」の五徳でありましょう。

「仁」とは人を思いやる心
「義」とは正義を貫く心
「礼」とは礼を尽くす心
「知」とは知恵を磨く心
「信」とは人を信じる心

でありまして、これを実践せよ!
と云うのが儒教の教えであります。

人として生きていく上で大切なことは、徳を積むということです。
徳というものは、持って生まれるものと、積んでいくものとがあり、
持って生まれるとは、両親や環境から10歳くらいの物心がつくまでに、
本人が知らぬ間に与えられたり、身につけられたりする部分です。
10歳くらいからは、自分で積む要素が大きくなってきます。

徳に関しては、世間の人を見渡すと大きく2つにわけることができると思います。

徳を積みながら歩む人と徳をすり減らしながら歩む人です。

僕は、徳に関しては、嗅覚が鋭く、徳をすり減らして生きてる人は、すぐにわかります。

見分け方は、簡単です。
「仁」「義」「礼」「知」「信」
という観点で見てみる事です。
もちろんすべてに優れたる人は、そういませんが、

思いやりがないひとだなぁとか
善悪の判断がまちがってるなぁとか
礼儀を知らない人だなぁとか
向学心がない人だなぁとか
疑う心のつよいひとだなぁとか
のちょっとした思いにその徳の有る無しが宿っている。

徳をすり減らす人には、自分の徳を奪われ損をします。
だから、近寄らないことです。

人徳が有る人の周りには、人が集まります。
皆さん、さぞ、損をしたくないんでしょうな。  

Posted by ゼモグループ at 00:45Comments(0)体験

2008年02月22日

無駄と贅沢の違い。

無駄を辞書で調べてみると、
役に立たないこと。それをしただけのかいがないこと。また、そのさま。無益。
とある。

贅沢を辞書で調べてみると、
必要な程度をこえて、物事に金銭や物などを使うこと。
金銭や物などを惜しまないこと。また、そのさま。
とある。

僕は、贅沢は必要であるが、無駄をしてはいけないと考えている。

世の中には、無駄と贅沢を混同している人がいる。

無駄なことをして、贅沢をしている気分に浸る人が結構多いのだ。

僕はいろんな仕事や付き合いを通じて、いろんな金持ちを見てきた。
金持ちには、大きく分けて3通りある。

ひとつは、本物の大金持ち。
普段の生活は、質素倹約を心がけ、必要なときに思いっきりの贅沢をする。
何をするにしても、投資効果の薄いお金の使い方はしない。(徳川家康タイプ)

成金金持ち。
無駄なことと贅沢の区別がつかず、浪費ぐせがある。景気のいいときは、元気だが、景気が悪くなると静かに消えていく。(豊臣秀吉タイプ)

自分は、金持ちと勘違いしている小金持ち。
理想や夢だけがやたらと高く、収入以上の生活を求め、見栄を張るのが好き。
車や洋服にこだわり、お金を持っているように見せたがる。(織田信長タイプ)

誰が最後に笑うかは、もうお解かりですね。   

Posted by ゼモグループ at 01:46Comments(0)教育

2008年02月22日

胆力

ここ最近、言葉の意味と言葉に対する自分の考えなどをかみ締めて書き込むことにはまっている。

今日は朝から体調が優れず、日課のジムもサボって店へ出てる。
微熱があるようで、けだるい。
負けじと、根性というか胆力を出そうと念じながら仕事をしている。

ということで、今日のテーマは「胆力」。

「胆力」を辞書で調べてみると、

{事にあたって、恐れたり、尻ごみしたりしない精神力。
ものに動じない気力。きもったま。}とある。

僕は、改めてなるほどそういう意味か!と感心する。
日本男児たるもの胆力を鍛えないかんな〜〜と思う。
と同時に、自分は、胆力が結構あるほうだと思っている。

僕は、常々、全ての事は、起こりうると覚悟して生きているから、
相当なことが起こっても動じない。

これまでに悠一、かなり焦った出来事は、ある店の2階の寮が火事になった時。

若いスタッフが2人住んでいた。

僕は、家で寝ていて明け方の4時くらいにスタッフの一人から電話があり、
「寮が火事です」という。
飛び起きて駆けつけると2階からボーボー真っ黒な煙が出ているではないか?

現場周りには、消防車が5台くらいとパトカー数台と野次馬の山。

えらい騒ぎや。スタッフは無事か?!と探すと
すでに窓から救出され、怪我もなく大丈夫であった。

ほっとした瞬間の次に僕が思ったことは、
えらい数の消防車と消防員、警察が出てきてるけど、
「いったい、いくら請求が来るんだろう!」

数日間、請求書が届くのをビクビクして待っていたが、
類焼届けというのを出すだけで終わり、支払いはまったくないらしい。

生まれてはじめて、税金の価値を体感した瞬間でもあった。

出火原因は、タバコの火。

ベット1個が焼けて、床をと天井、エアコンを焼いただけのボヤ程度で済んだが、
煙によって、2階部分すべてがすすで真っ黒。
おいてる物もすべて使い物にならない。
全面改装を余儀なくされた。

火はもちろんだけど、煙の被害は大きいな〜〜と火事の怖さを知る。  

Posted by ゼモグループ at 00:28Comments(0)体験

2008年02月20日

爽快感

辞書で爽快感を調べてみると

「さわやかで気持ちがよいと感じること。また、そのさま。」

僕は、今、1日2度、爽快感を感じる瞬間がある。

フィットネスクラブのジムやプールで汗を流した後で、
お風呂の湯船に使った時と着替えて、クラブの外に出て外気を吸った瞬間である。

天気が良く、空気が澄んでいる時は、最高にいい気分になる。

その瞬間の感じ方で、自分のその日の体調を占ったりもする。

この瞬間に、昨日の疲労や心労は全てリセットされる。

ストレスの発散は、どうしてるんですか?と聞かれることがあるけれど、
僕は、ストレスを自覚したことがないのと、
ストレスと言う言葉自体が好きでなく、使いたくないので、
ストレスは、感じないので、特に発散法もない。
と答えてきましたが、

これからは、ストレスを感じなくする「爽快感の得方」
ならありますよと答えるようにしよう。

ストレスは、
人によっては、1週間溜め込んで週末に発散する。
飲んで発散。食べて発散。読んで発散。見て発散。聞いて発散。嗅いで発散。
抱いて、抱かれて発散と色々だろうが、
全て人間の5感と欲を刺激して発散してることに気づく。
もっとも手軽なのが食べると言う行為(1日3回もある)だから、
ストレス性過食というのが、現代人に多い。
満腹感を感じる満腹中枢は、脳下垂体の横にあり、
ストレスを強く感じると麻痺状態になり、
いくら食べても満腹感が出にくくなるという現象だ。

中年親父がでっぷりお腹が出ているのは、ストレス性過食が原因であり、
腹の出方とストレスの溜め込み具合は比例する。
お腹が過度に出ている中年を見かけたら、ストレスを溜め込んでいるか?
発散法を持っていないと断定して間違いない。

ストレスも5感を通じて入ってくるし、発散も5感を通じて行っている。

僕は、ストレスを自覚する前に爽快感を得る行動をいつも起こしてきたようだ。

ちなみに5感とは、
「味覚、聴覚、視覚、触覚、嗅覚」で、
食事をする時は、人は、この全部を使うので、
食べることがストレスの発散なることも納得できる。
先ず見て、楽しみ、匂いでイメージ。
口に入れてみて、歯ごたえ、味を感じる。
食事中に流れるBGMや焼肉などの時に出るジュージュー焼ける音もおいしさに関係してくる。

ん?  爽快感から話が外れたが、食事で爽快感を味わうには、
春になったら、花を見ながら野外でBBQと冷たい生ビールが一番だ。
これが、ヨットでクルージング中の海上なら爽快感はピークに達する。  

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2008年02月19日

あほとかしこと普通の人

物事につまづき痛い思いをすることを「頭を打つ」という。

普通の人は、道端の石につまずいて頭を打ったら、今度同じ道を歩く時は、その石を避けて通る。

あほは、何度も同じ石につまずく。

賢い人は、普通の人やあほが石でつまずくのをじっと見て、
最初からその石を避けて通る。

僕は、経験至上主義だから、自分で試してみないと気が済まないあほである。

事業においてもたくさんの失敗、損をしてきた。

でも、その都度何か掴んで立ち上がる。
タダでは、起き上がらないあほである。  

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2008年02月18日

情熱

  「情熱」
なんと響きのいい言葉だろう。

例によって、辞書で調べてみると、

「ある物事に向かって気持ちが燃え立つこと。また、その気持ち。」だそうだ。

僕の人生を今、振り返ると、情熱をかけたなあと思えるのは、
小学生の時、自分で野球チームを作って、自らキャプテンになり
友達を集め練習したり、おそろいのキャップを作ったりしていた頃。

中学時代、空手道場に通ったいた時の空手道。

高校の時代の体操部。主将になった。

大学時代のヨット部。主将になった。

社会に出てからは、会社の立ち上げとその成功に情熱を注いできた。

細かく上げると、もっとたくさんのことにその時々
自分の最高の情熱を注いできたなぁと思う。

やはり、物事を行う時には、気持ちが燃え立つと言うことが、
実に大切なことだと思う。

そういう意味では、僕は、燃えやすい性格のようだ。

人間誰しも、年を取るにつれ、情熱の炎は、
小さくなる傾向にあるようだが、
僕は、死ぬ直前まで情熱を持って人生を謳歌したいと持っている。   

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2008年02月18日

使命

「使命」と言う言葉を辞書で引いてみると、

使者として受けた命令。
使者としての務め。 与えられた重大な務め。
責任をもって果たさなければならない任務。とある。

ついでに【使命感】は、
自分に課せられた任務を果たそうとする気概。

私も若き頃は、この使命感に燃えていたな。

自分がやるべきことは、自分がしたいことでもあり、
世の中に必要で、求められているに違いないと思い込み。
自分のモチベーションを高める理由をこれは、
自分に与えられた使命であると認識してやってきたもんだ。

また、とても大変なことが起こったときでも、
これは、自分が成長するために与えられた試練、使命である。
と思ってしまえば、楽しくなってきて、
なにがなんでもやりぬかねば、と奮起したりもした。

人は、自分のためより、誰かのためにの方が頑張れると思う。

使命とは、自分のためではなく「世のため、人のため」
に尽くすという感じが僕は、するんです。

だから、何かをするときは、「これは、自分に与えられた使命である」
と思うようにしています。

そして、それが世のため人のためになるのいかどうかを良く考えてみて、
自分の中で、納得と整理がついたとき真のやる気が出てくるのです。

使命感を持つということは、僕にとってとても大切なモチベーションの源なのです。  

Posted by ゼモグループ at 00:16Comments(0)体験

2008年02月17日

洞察力

小泉元総理が「次期総理には、使命感・洞察力・情熱の3つを期待する」
と話されていました。

これは、首相だけでなく、現代人にかけてきている物を
提起しているようにも聞こえます。

今日は、洞察力について触れてみたいと思います。

洞察力を辞書で調べてみると
「見抜くこと。 見通すこと。」とある。
わかりやすく言うと「空気を読む力」とも言える。
見抜くことは、多くの経験が下地となって、
1を見て、10を知ると言うことができるようになる。
見通すことは、世の中の動向を良く観察することが下地となる。

では、洞察力は、どうすれば身につくか!?

生まれ持った天性と、10歳までの生い立ち体験で身につく要素が非常に大きいと思うが、
比較的、人と接する仕事についている人は、
洞察力が身についてくるのではなかろうか?

また、洞察力に欠ける人は、人と接する仕事が苦手になり、
そういう仕事を心理的に避けてしまう。
よって、いっそう洞察力が育たないと言う結果を生んでしまう。

今は、インターネットワークの時代である。
物心ついたときには、もうキーボードが目の前にあるのだ。
人とリアルに接する経験が乏しいままバーチャルな世界で経験を積む。

実体験ではなく、映像や文章で多くの情報、知識、思想を手にする。

仕事も、恋人も、友達も、ビジネスチャンスも物もネット上で得ようとする。

その分、今まで以上に落とし穴も多くなってきている。

今まで以上に洞察力が必要な時代になってきたといえよう。  

Posted by ゼモグループ at 00:24Comments(0)体験

2008年02月16日

乗馬

先日、店の方に乗馬クラブ「クレイン大阪」というところの人が来て、
店に乗馬クラブの案内を置いてくれと言う。
僕自身、午年生まれで、馬は好き(競馬はしない)で、乗馬には、興味を持っていたので、
色々聞いていると、特別に招待状をくれて、
一度体験乗馬に来てくださいという。

馬に乗った経験は、奈良ドリームランドのポニーと
海外で乗馬ツアーみたいなものに参加した経験しただけ。

若き頃は、兄弟で人生ゲームをしながら、
大人になったら会社を作って上場(じょうば)させたる。
とか馬を買って馬主になりたいなあ、
などの夢を抱いたこともあったが、
とりあえず、すぐできそうな乗馬でもしてみよかいな。

ライセンスが5段階あり、スクールに入って、取っていくらしい。

どうせやるなら体験だけでなく、本格的にと考えている。

偶然、知り合いがこの乗馬クラブに通っていて、誘ってくれてもいる。

馬と仲良くなってしまったら、店で馬刺しを売るのが辛くなりそうだけど・・・。   

Posted by ゼモグループ at 02:16Comments(0)体験

2008年02月15日

バレンタインデーに思う。

クリスマス同様、和食店には、無縁のこの日が今年もやってきた。
ヒマを予想したが、地域密着の当店は、さほど、ってゆうか何のかわりもなくいつもどおり。

街では、恋人達が戯れているのだろうか?

この日を意識し出したのは、確か小学4年生頃。
ってゆうかちょうどハートチョコと言う物と
バレンタインデーをしきりにコマーシャルで流し、
国民にこの儀式を洗脳しだした時期でもある。

バースディーパーティー、クリスマス同様、
戦前の日本国民にはなかった文化でアメリカ産なのである。
だから、和食店には、出る幕がない。

この小学4年のときに、初めてハートチョコをもらった。
良くケンカをしていた子で、憎たらしいやつだったが、
この日、僕は、他の子から放課後の鉄棒の前に行く様に言われた。行ってみると、
その子が立っていて、両手でハートチョコをさしだすではないか!
びっくりと戸惑いとこの頃も超硬派だった僕は、
そんな物いらんと言って、その場を立ち去った。

それから家に帰り、郵便受けをのぞくと封筒の中にまたまたハートチョコが!

今でこそいろんなチョコが出回っているが、この当時は、
バレンタイン=ハートチョコであったのだ。
確か50円で買えた。

誰からかは、忘れてしまったけど、この年、合計4個をもらったとだけ記憶している。
義理チョコなんて風潮は、まだない時代なので、全部、本気である。

僕は、この頃、女の子とは、しゃべることすらしない超硬派銀次郎だったが、
まあまあモテていたのだ。

今は、漫才師張りにしゃべらないとモテない時代。
女に男の本質を見抜く力がなくなったのかな?
と思う。
体育会のクラブで一生懸命目標を持って汗を流す人。
仕事を一生懸命して、遊ぶ時間のない人は、、モテなくて、
ええ括弧して街で軟派して、良くしゃべる男がモテる。

だから、最近の若者は、真面目に一生懸命仕事や運動をしない。
モテないから。

男の行動は、女の求めで決まり、女の行動は、男の求めで変わる。

女が求める男が、男がが求める女が必然的に世の中に増えていくのである。

大和ナデシコ、日本男児は、いづこに?  

Posted by ゼモグループ at 00:58Comments(0)体験

2008年02月15日

お墓。

昨日、仏事に触れたので今日は、お墓についての僕の考えを記す。

僕の両親は、2人とも家徳を継いでおらず、当家に墓はない。
両親が商売で忙しかったこともあり、子供の頃から墓参りは、
先祖のものを数回連れて行かれただけで、墓には、縁遠い。

母は、クリスチャンではないが、聖書を愛読していて、偶像崇拝を嫌う。
自分達が死んだら、海に骨を散骨して、
命日に兄弟でクルージングでもして空を心で
拝んでくれればいいといっていたので、
僕もそのつもりでいた。

そんな母が、先日会ったときに、墓を買おうかなと言い出した。
「なんでやねん?、話しちゃうがな!」

年を取るにつれ、考え方が変わってきたのだろう。
しかし、僕は、墓守をするのは、大変だから買わないでくれといった。

僕の性格上、墓があれば、完璧なほどいつもちゃんとしておかないと気がすまない。
とても大変である。

それに僕は、死んだら無である。
魂は、生きている人の心に宿るだけで実在しないと思っているから、
魂が眠るとされる墓は、無用の産物であると思っているのだ。
「千の風になって」の通りである。

少子化もあり、墓地は、無縁のも、守が来ないものであふれ出している。

肉親が次々に死んでいき、年を取れば、考えは変わるかもしれないが、
「眠るための墓は、いらない。」
が僕の今の考えである。

すでに、ある方は、大事にしないといけません。

ない方は、買わない方がいいと思います。  

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2008年02月12日

鼓膜に穴が・・・・。

昨年、12月末にプールで潜水中に耳から空気が抜ける音(キューー。)がした。
その後、耳から耳だれがとまらなくなったので、
痛みはなかったが、耳鼻科を受診。

鼓膜に小さな穴が空いていた。

お決まりの消毒と抗生剤をもらって、様子を見ていたら、
耳だれは、とまったので、放置していた。

先般から少し、仕事と筋トレのハードワークが続いていたせいもあってか
3日程前から耳だれが再発。

疲労がたまると、口内炎と耳に来るのが、僕の体質にようである。

ばそういえは、母親も耳で苦労している。

大病になる前の警報装置みたいなものと思っているので、
しばらくおとなしくしていよう。  

Posted by ゼモグループ at 16:51Comments(0)その他

2008年02月11日

仏事

今日は、昼から仏事の料理注文のため、朝から店に入る。
昨日からの路面の雪は、すっかり影を潜め、すがすがしい晴天である。

雪が町の汚れを落としてくれたかのように空気が済んでいる気がする。
連休なので、交通量が少なく、排気ガスが普段より少ないせいもあるのだろう。

排気ガスがないと都会でも2日で空気を綺麗にする力を自然はまだ持っている。

世の中の古き良き習慣は、年を追う毎になくなりつつある。
仏事の習慣も、だんだんと簡単に、なるべく身内だけで、
回数も減らして、と言う傾向にあるようだ。

仏事料理の内容も精進料理にするなどのこだわりは、
まったくといっていいほどなくなってきている。

今まで、多くの葬儀に参列してきた葬儀に関しての僕の考えは、
親兄弟の身内だけで行うのが良いである。

葬儀に義理立ての人を多く集めるのは、ナンセンスである。

盛大に多くの人に見送られるのが宗教的には、良いのだろうか?

坊主の営業戦力ではないのか!?

大昔は、葬儀屋、火葬場などがなく、葬儀と言えば、
村仲間で協力して、火葬や埋葬をしなければならなかったから、
皆が集まる習慣になっただけではないのだろうか?

昔からのこの習慣を現代に引きづるのは、いまだに理解できない。

身内が死ぬと本当に悲しい。
厳かに静かに見送りたい。
挨拶や接待、段取りに追われて、
何がなんだかわからんうちに終わるのは、
いやである。

そうはいっても、知り合いが死んだと言う訃報だけで、
葬儀に行けず、最後を見送らなければ、
まだ生きてはるような気がしてしまうのも事実である。

この2点を解消する新しい葬儀のあり方を私は今、研究している。

誰か、いいアイデアありませんかね?  

Posted by ゼモグループ at 12:30Comments(0)体験

2008年02月09日

雪景色

今日は、天気予報が的中し、朝から雪景色が広がっている。

僕の寝室の窓からは広い公園のグランドが、一望でき、
そのグランドが今日は、真っ白なキャンパスを作り出していた。

こういう光景を見ていると、小学生時代の休み時間に誰よりも早く、
駆け出し、足あとをつけて、誰よりもでかい雪だるまを
必死に作っていたことを思い出す。

今、このキャンパスに子供の姿も雪だるまもない。

雪の日に限らず、普段の放課後も子供が遊んでる姿はほとんど見られない。

少子化も原因のひとつだろうが、ほとんどの子供達は、
塾と習い事に忙しく、雪だるまを作っている暇はないのである。

これでいいのか!? 日本の教育!? 子供達!?

明日の朝刊には、こけて骨折した人が、何人か発表されることだろう。   

Posted by ゼモグループ at 18:38Comments(0)体験